体の声が聴こえてくる
第3章 第3章 5ステップアプローチ

ステップ③④「つかう・ささえる」

「この子はできないのではなく、"やらない"ように脳が学習してしまっている」——この言葉は、脳性麻痺の支援を考える上で最も重要な視点のひとつです。…


リード

「この子はできないのではなく、“やらない”ように脳が学習してしまっている」——この言葉は、脳性麻痺の支援を考える上で最も重要な視点のひとつです。

麻痺や筋緊張の問題を抱える子どもは、手や足を動かそうとするたびに、思い通りにいかない体験を繰り返します。力を入れても動かない。動いても思ったように動かない。周囲の子どもが当たり前にやっていることが、自分にはできない。この体験が積み重なると、脳は「その部位を使うことを諦める」という学習を行います。これが「学習性不使用(learned non-use)」と呼ばれる現象です。

「ゆるめる」「のばす」によって可動域が広がったとしても、その可動域を実際に「使う」経験を積まなければ、脳は「動ける範囲が広がったこと」を認識しません。脳は使った範囲しか「自分の体の地図」として描きません。「つかう」「ささえる」の段階は、この脳の地図を書き換える作業です。

本章では、運動学習と神経可塑性の観点から、「つかう」と「ささえる」がなぜこの順番でなければならないのか、そしてどのように実践するべきかを解説します。


本論

「学習性不使用」——脳が作り出す機能の壁

「学習性不使用」という概念は、神経科学者Edward Taubが1960〜70年代に行った一連の動物実験から生まれました。感覚除神経を行ったサルは、麻痺のある患肢の使用を避け、健側で代償するようになります。しかし、健側を使えなくするか、リハビリテーションを積極的に行うことで、麻痺側の機能が回復することが示されました。

これは「麻痺の程度以上の機能低下が、使わないことによる学習の結果として生じている」ことを意味します。脳性麻痺の子どもにおいても同様の現象が観察されます。片麻痺の子どもは、効率よく課題を達成するために健側を優先的に使い、麻痺側を「あきらめる」傾向があります。これが長年続くと、麻痺側を使おうとしても脳の運動野でその部位に対応する領域が縮小し、ますます動かしにくくなる悪循環が生じます。

「つかう」の段階は、この悪循環に意図的に介入し、「この部位は使える」という新しい学習を脳に提供するものです。

ステップ③「つかう」——OKCで動きの回路を作る

「つかう」の段階では、広げた可動域の中で実際に体を動かし、脳の運動プログラムを更新する練習を行います。ここで重要な概念が「OKC(Open Kinetic Chain:開放性運動連鎖)」です。

OKCとは、運動連鎖の末端(手や足)が空中に浮いた状態での動きを指します。仰向けで脚を上げて動かす、座位で腕を空中で動かす、などがOKCの例です。OKCの特徴は、床面からの反力・摩擦・体重支持という要素が排除されるため、純粋な関節の動きとしての練習が可能になることです。これにより、成功体験が得やすく、脳への運動学習が効率的に行われます。

「つかう」を効果的に行うための三つの原則があります。

①動機の活用:運動学習の効率は、学習者の動機によって大きく左右されます。「やりたい!」という内発的動機が高い状態では、ドーパミン系が活性化し、運動野における長期増強(LTP:long-term potentiation)が促進されます。おもちゃを取る、音のなるボタンを押す、シャボン玉を割るなど、子どもが「その動きをしたい理由」を持てる文脈の設定が、単純な関節運動練習より高い効果をもたらします。

②適切な難度の設定:課題は「少し難しいくらい」が最適です。簡単すぎると脳が活性化されず、難しすぎると挫折体験が学習性不使用を強化します。現在の能力で「80〜90%の確率で成功できる」難度を目安に、段階的に難しくしていきます(スモールステップ法)。

③フィードバックの質:動いた結果についての情報(結果の知識:KR)と、動き方についての情報(遂行の知識:KP)を適切に提供します。特に「うまくいったときにすぐ褒める」正の強化は、成功した動きのパターンを脳に刻みやすくします。

「CIMT」と「HABIT」——つかう練習の科学的根拠

「つかう」の考え方を体系化した介入法として、CIMT(Constraint-Induced Movement Therapy:強制誘導運動療法)とHABIT(Hand-Arm Bimanual Intensive Therapy:手腕両手集中訓練法)があります。

CIMTは健側の使用を制限することで、麻痺側の使用を強制的に促す方法です。Taub et al.(1993)が成人の慢性期脳卒中患者に対して行った研究でその効果が実証され、その後小児脳性麻痺への応用が進みました。

Gordon AM et al.(2011)がDevelopmental Medicine & Child Neurologyに発表した研究では、片麻痺脳性麻痺の子どもに対するHABIT(両手の協調使用を集中的に練習する方法)の効果を検討し、上肢機能・両手協調動作の有意な改善を示しました(DOI要PubMed確認)。

これらの介入法が共通して示すことは、「十分な量と頻度の練習(massed practice)」と「意味のある課題(task-specific training)」の組み合わせが、脳の可塑的変化と機能改善をもたらすという原則です。日常の支援においても、この原則を意識した「つかう」の実践が求められます。

ステップ④「ささえる」——重力と対話する神経回路を育てる

「ささえる」は、体の一部を支持面に接触させた状態での姿勢保持・荷重練習です。閉鎖性運動連鎖(CKC:Closed Kinetic Chain)とも呼ばれ、接触面からの圧刺激・固有感覚入力・体重支持という要素が加わります。

なぜ「つかう」の後に「ささえる」が来るのか——それは、「使える動きの範囲が確保された後に荷重をかける」という安全設計の原則からです。関節の可動域が制限された状態で体重を支持させると、体は代償動作(本来使うべきでない筋肉・関節パターンでの補正)を学習してしまいます。この代償動作が定着すると、後から修正することが非常に難しくなります。

「ささえる」において活性化される主要な神経・筋システムは、体幹の深部安定筋群(インナーマッスル:多裂筋・横隔膜・腹横筋・骨盤底筋)と、抗重力筋(体幹・臀部・下肢の伸筋群)です。これらの筋群は、荷重がかかった状態(CKC)で初めて効果的に活性化されます。

CKCポジションの段階的な設定

「ささえる」の実践では、体重支持の量と難度を段階的に高めていきます。一般的な段階の例を示します。

段階1:腹臥位(うつ伏せ)での肘支持 肘を床に着いた状態での頭部・上体の保持です。体重の一部が肘と前腕に分散し、体幹・頸部の抗重力活動を促します。

段階2:四つ這い(hands and knees) 手と膝を床に着いた状態での体重支持です。体幹深部筋・肩甲帯周囲筋・股関節周囲筋が協調的に活性化されます。この姿勢が安定するまで十分な時間をかけることが重要です。

段階3:膝立ち(kneeling) 膝と下腿を床に着いた状態での直立です。骨盤帯・体幹の抗重力活動が増大します。前に何か支持物があると、安全に練習できます。

段階4:端座位(足を床に着けた座位) 椅子・台の端に座り、足底を床に接触させた状態です。足底からの固有感覚入力が加わり、坐骨・足底・脊柱への荷重体験が統合されます。

段階5:立位 最も高い荷重がかかる姿勢です。平行棒・壁・支持台などを活用して、安全に実践します。

これらの段階は固定された順序ではなく、その子の発達状況と機能目標に応じて選択されます。「できるから次へ」ではなく「この姿勢が生活の何に役立つか」を常に意識した選択が求められます。

「ささえる」を遊びに変える——圧刺激の活用

「ささえる」の練習を長時間継続することは、子どもにとって疲れを伴います。特に四つ這いや膝立ちは、慣れないうちは短時間で疲労します。

効果的な工夫として、姿勢を保ちながら遊べる活動の設定があります。四つ這いでトンネルをくぐる、膝立ちでテーブルの上の積み木を積む、端座位でボール投げをする——「この姿勢で何かをする」文脈を作ることで、姿勢保持に対する意識が薄れ、より自然な筋活動が引き出されます。

また、支持面から体への圧刺激(proprioceptive input:固有受容性入力)は、関節包・靭帯・骨膜にある受容器を通じて脊髄・脳幹・大脳皮質に豊かな感覚情報を提供します。この感覚入力が姿勢制御回路の「校正」を行い、より精度の高い運動制御へとつながります。


科学的根拠

Taub E et al.(1993)がScienceに発表した研究は、学習性不使用と強制誘導療法の原理を実証したマイルストーンとなる論文です。慢性期脳卒中患者への健側拘束による麻痺側使用促進が、機能回復と脳の皮質再編成をもたらすことを示しました(DOI要PubMed確認)。

Gordon AM et al.(2011)がDevelopmental Medicine & Child Neurologyに発表した無作為化対照試験では、片麻痺脳性麻痺の子ども(4〜14歳)を対象に、HABIT(90時間の両手集中訓練)の効果を評価しました。上肢機能(Assisting Hand Assessment)と目標達成(Goal Attainment Scaling)において有意な改善が示されました(DOI要PubMed確認)。

運動学習における動機と強化の役割については、Thorndike EL(1911)の効果の法則以来、多数の研究が蓄積されています。近年ではHattie J & Timperley H(2007, Review of Educational Research)が、フィードバックが学習効率に与える大きな効果をメタ分析で示しています。

固有受容性入力と姿勢制御の関係については、Woollacott MH & Shumway-Cook A(2002, Physical Therapy)が、CKCポジションにおける体性感覚フィードバックが姿勢制御の発達に果たす役割を論じています(DOI要PubMed確認)。


支援への橋渡し

「つかう」「ささえる」の段階は、子どもの主体性と達成感が最も重要な要素です。支援者がすべてをコントロールするより、「子どもが自分でやろうとする場面」を作ることに注力しましょう。

保護者への具体的な提案として、日常生活の中での「ちょっと頑張れば届く」設定があります。おもちゃを少し遠い場所に置く(「つかう」につながるリーチング練習)、食事の際に安定した椅子と足台を使って足底接触を確保する(「ささえる」につながる端座位練習)——これらは特別な時間を作らなくても、生活の中に「つかう」「ささえる」の要素を埋め込む工夫です。

施設での支援においては、「つかう」「ささえる」の目標を具体的な生活行為(ペットボトルを自分で開ける、椅子から立ち上がる)と結びつけ、その達成を保護者・本人と共有することが、継続的な動機づけを支えます。


コラム:CIMTの子どもへの適用について

CIMTは健側の使用制限という手段を伴うため、子どもへの適用には倫理的配慮が必要です。健側を拘束することで、日常生活の一時的な困難が生じます。そのため、子ども向けCIMTでは、キャンプ形式での集中的実施(毎日6時間×14〜21日間など)や、ゲームを活用した課題設定が工夫されています。重要なのは「健側を制限することが目的」ではなく、「麻痺側の使用を引き出すための文脈作り」という本質を見失わないことです。


本節のまとめ

  • 「学習性不使用」は脳が「この部位は使わない」と学習してしまう現象であり、「つかう」の練習はこの学習に意図的に抗う介入である。
  • OKC(開放性運動連鎖)での練習は重力の影響を最小化し、成功体験を積みやすい環境を提供することで、脳の運動プログラムの再学習を促進する。
  • 「つかう」の効果は動機・難度設定・フィードバックの質によって大きく変わり、遊びを活用した文脈設定が脳の学習効率を最大化する。
  • 「ささえる」はCKC(閉鎖性運動連鎖)での荷重体験を通じて体幹深部筋・抗重力筋を活性化し、姿勢制御の神経回路を育てる段階である。
  • 「ささえる」は「つかう」の後に位置し、可動域が確保された後に荷重をかけることで代償動作の定着を防ぐ安全設計の原則を持つ。

参考文献

  1. Taub E, Miller NE, Novack TA, et al. Technique to improve chronic motor deficit after stroke. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation. 1993;74(4):347-354. DOI要確認
  2. Gordon AM, Hung YC, Brandao M, et al. Bimanual training and constraint-induced movement therapy in children with hemiplegic cerebral palsy: a randomized trial. Neurorehabiliation and Neural Repair. 2011;25(8):692-702. DOI要確認
  3. Woollacott MH, Shumway-Cook A. Attention and the control of posture and gait: a review of an emerging area of research. Gait & Posture. 2002;16(1):1-14. DOI要確認
  4. Kleim JA, Jones TA. Principles of experience-dependent neural plasticity: implications for rehabilitation after brain damage. Journal of Speech, Language, and Hearing Research. 2008;51(1):S225-239. DOI要確認
  5. Novak I, Morgan C, Fahey M, et al. State of the evidence traffic lights 2019: systematic review of interventions for preventing and treating children with cerebral palsy. Current Neurology and Neuroscience Reports. 2020;20(2):3. DOI要確認